体外受精を続けるか、卵子提供に進むか|迷ったときの判断材料

42歳の冬、何度目かの移植の判定が陰性だった日の夜に、初めて「卵子提供」と検索しました。
画面に並んだのは、海外の費用の話や知らないエージェントの名前ばかりでした。
何から考えればいいのか分からず、そのままスマホを伏せたのを覚えています。

はじめまして、ライターの水野さやかです。
医療系の出版社で12年編集の仕事をしたあと、フリーランスになりました。
36歳から約7年、不妊治療を続け、その途中で夫と卵子提供について何度も話し合いました。

結論を出すまでには1年近くかかりました。
振り返ると、迷いが長引いた理由は「何を材料に決めればいいのか」が整理できていなかったことにあります。

この記事では、体外受精を続けるか、卵子提供に進むかで迷っている方に向けて、判断材料を5つに分けて並べます。
年齢別の数字、お金と時間、気持ち、日本の制度、そして相談先です。
どちらを選ぶべきかは書きません。
ご夫婦で話し合うときの土台として使ってください。

治療をやめるか迷うのは、どんなときか

最初に、治療をやめたり休んだりした人が、何をきっかけにそう決めたのかを見ておきます。

厚生労働省の委託で野村総合研究所が2020年に行った「不妊治療の実態に関する調査研究」では、治療を中断・終了した1,262人に、そのきっかけを尋ねています(複数回答)。

  • 子どもを授かったから:64.4%
  • 年齢的に妊娠が難しくなったから:15.1%
  • 経済的な負担から治療の継続が難しかったから:14.2%
  • 治療を続けても出産まで至らないと思ったから:11.4%
  • 精神的な負担が大きかったから:9.0%

授かった人を除くと、年齢、お金、見通し、心の負担という4つが並びます。
私自身も、この4つが少しずつ重なって、ある日まとめて押し寄せてきました。

もうひとつ、2022年4月からは制度上の区切りもあります。
体外受精が保険適用になり、条件が決まりました。
こども家庭庁の不妊治療に関するページによると、保険で治療を受けられるのは治療開始時に女性が43歳未満の場合です。
胚移植の回数は、初めて治療を始めたときの年齢が40歳未満なら1子ごとに通算6回、40歳以上43歳未満なら通算3回までと決まっています。

回数を使い切ると、その先は自費になります。
また、同じこども家庭庁の資料では、第三者の卵子・胚の提供は保険の対象外とされています。
「保険の回数が残っているうちに考えておく」というのも、ひとつの考え方です。

判断材料1:年齢別の数字を自分の年齢で見る

数字を見るのはつらい作業でした。
それでも、主治医の言葉を正しく受け止めるには、全体の傾向を知っておく必要があると感じました。

日本産科婦人科学会は、国内の体外受精の成績を毎年公表しています。
2026年8月に公開された2024年の体外受精・胚移植等の臨床実施成績から、いくつかの年齢を抜き出しました。

女性の年齢妊娠率(移植あたり)生産率(治療周期あたり)流産率(妊娠あたり)
35歳47.6%20.5%21.8%
40歳35.2%10.9%34.5%
42歳26.7%6.0%42.6%
43歳20.8%4.4%46.6%
45歳11.2%1.6%53.8%

生産率は、採卵などを含めた治療1回あたりで、赤ちゃんが生まれた割合です。
40歳で約1割、43歳で4.4%、45歳では1.6%でした。
年齢が上がるほど、妊娠しても流産する割合が高くなることも分かります。

ただ、これは全国の平均です。
卵巣の状態や、凍結している胚が残っているかどうかで、一人ひとりの見通しは変わります。
表は「自分の位置を知るための地図」として使い、具体的な見通しは主治医に確認するのが確実です。

提供卵子による治療は、日本では公的な成績データがありません。
参考になるのは海外の集計です。
米国疾病予防管理センター(CDC)の2022年の全米集計では、提供卵子・提供胚を使った移植あたりの出産率は42〜52%ほどでした。
CDCは、提供卵子を使う場合は依頼する側の年齢が成績に大きく影響しないため、年齢別には示さないと説明しています。

国によって集計方法が違うため、日本の表と並べて単純に比べることはできません。
それでも「卵子の年齢」が結果を大きく左右するという点は、どちらのデータからも読み取れます。

判断材料2:お金と時間の見積もり

自己卵子での治療を続ける場合、保険の回数や年齢の条件を外れると自費になります。
自費の体外受精は、1回あたりの費用が保険診療よりかなり高くなるのが一般的です。
残りの回数と、これから何回挑戦したいかを、一度書き出してみると見通しが立ちます。

卵子提供は、最初から保険の対象外です。
エージェントを通す場合、費用はドナーへの謝礼や採卵費、受精・培養費、エージェントの手数料などを合わせたものになります。

一例として、卵子提供エージェントのモンドメディカルは、公式サイトで卵子提供プログラムの基本費用を260万円からと公表しています。
同社の説明では、次のような費用は基本費用に含まれません。

  • 依頼する夫婦の渡航費・滞在費
  • 日本国内での診察・検査費
  • 着床前検査(PGT-A)の費用
  • 凍結した胚の保管費
  • 凍結した胚を戻す移植の費用

どのエージェントでも、総額は治療の進み方や為替で変わります。
見積もりをもらうときは、基本費用に含まれるものと、追加になりうるものの両方を確認しておくと安心です。

時間も大事な材料です。
モンドメディカルの案内では、ドナーを選んでから胚移植までは通常3〜6か月前後とされています。
年齢が上がるほど、迷っている時間そのものが選択肢を狭めていきます。
私が「まず情報だけは集めておこう」と決めたのも、この時間の問題が大きかったからです。

判断材料3:気持ちの整理

迷いは決める前がいちばん大きい

卵子提供を考えるとき、多くの人が引っかかるのはお金よりも気持ちのほうだと思います。
私もそうでした。
「自分と血のつながらない子を、ちゃんと愛せるだろうか」という問いが、ずっと頭から離れませんでした。

日本生命倫理学会の学会誌『生命倫理』に2023年に掲載された調査に、この迷いを扱ったものがあります。
卵子提供を受けた人と準備中の人、計26人のWebアンケートを分析した研究です。

迷いや心配が「ない」と答えた人の割合は、時期によって次のように変わっていました。

  • 卵子提供を受けると決める前:19.2%
  • 胚移植から出産まで:47.3%
  • 出産後の乳児期:43.8%
  • 子どもが会話を理解するようになった時期:60.0%

小さな調査なので、傾向として受け止めるのがよいと思います。
それでも、迷いがいちばん大きいのは「決める前」だという結果に、私は少し救われました。
迷っている今の苦しさが、ずっと続くとは限らないからです。

同じ研究では、決める前の迷いの中身として、ドナーの体への負担、遺伝的なつながり、子どもへの告知、治療の大変さ、ほかの選択肢との比較が挙がっていました。

夫婦で話しておきたい問い

我が家では、夫と私で気持ちの進み方がまったく違いました。
そこで、答えを急がず、問いだけを紙に書いて少しずつ話すことにしました。
実際に使った問いを並べます。

  • 「自分の子ども」と聞いて、思い浮かべているのはどんな姿か
  • 子どもと遺伝的につながっていることは、自分にとってどのくらい大事か
  • 生まれた子に、卵子提供のことをいつ、どう伝えたいか
  • 治療にかけられるお金と期間は、どこまでか
  • 特別養子縁組や、二人で暮らす人生も選択肢に入るか

一度で答えが出なくてもかまいません。
「今日はこの1問だけ」と決めて話すほうが、お互いを責めずにすみました。

判断材料4:日本の制度の今

卵子提供を考えるなら、日本の法律がどこまで整っているかも知っておきたいところです。

2020年に成立した、生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律で、親子関係のルールはひとつ決まりました。
法務省の解説ページによると、第9条で、ほかの女性の卵子を使った生殖補助医療で妊娠・出産した場合、出産した女性がその子の母とされています。

一方で、卵子を誰が提供できるのか、あっせんをどう規制するのか、生まれた子が提供者の情報を知る権利をどう守るのか、といったルールを定める法律はまだありません。
2025年2月には特定生殖補助医療に関する法律案が国会に提出されました。
しかし参議院の議案情報のとおり、審議されないまま「未了」で廃案になっています。
2026年5月には、超党派の議員連盟が修正した骨子案をまとめたと共同通信が報じました。
制度はまだ動いている途中です。

国内の医療機関で卵子提供を受けられる道は、かなり限られています。
不妊治療施設の団体であるJISARTは、独自の指針のもとで精子・卵子の提供を行っています。
その倫理委員会が2007年以降に承認した件数は、精子と卵子を合わせて177件でした(2026年7月31日時点)。
こうした事情もあって、海外のクリニックと連携するエージェントに相談する夫婦もいます。

エージェントに相談するときに確かめたいこと

エージェントに相談したからといって、すぐに契約しなければならないわけではありません。
私は、情報を集める段階の相談先として考えていました。
相談するときに確かめておきたい点を表にまとめます。

確かめたいこと理由
夫婦が海外に行く必要があるか仕事を休めるか、体調がどうかで負担が大きく変わる
ドナーの人数と、契約前に見られる情報の範囲外見や年齢、既往歴などを確かめてから決めたい
基本費用に含まれるもの・含まれないもの総額が後から大きく変わることがある
移植の時期の目安年齢との兼ね合いで、残された時間が限られる
子どもへの告知や出自について相談できるか出産のあとも続くテーマになる
国内で移植や妊娠中の管理をする医療機関出産まで安心して通える先が必要になる

一例として、モンドメディカルの場合を見てみます。
公式サイトでは、依頼する夫婦が海外に渡航せず、日本国内で移植まで進める「国内完結型」のプログラムを中心に案内しています。
登録している卵子ドナーは約400名で、9割以上が20〜34歳の日本人女性とのことです(2026年3月時点、同社公表)。
卵子提供では原則として着床前検査(PGT-A)を行う方針も示されています。

同社の無料相談は約60分です。
今の治療状況の整理や、自己卵子・卵子提供・代理出産の比較、凍結している胚を移せるかどうかの確認、スケジュールの提案などに対応しているとしています。
「今の治療を続けるべきか迷っている」という相談が増えているとも書かれており、この記事のテーマと重なります。

エージェントの評判を調べるときは、出どころに気をつけてください。
「評判」をうたう記事の多くは広告で、公式サイトに載っている体験談を引用したものも少なくありません。
公式の情報だけでなく、会社が普段どんな発信をしているかも見ておくと、雰囲気がつかめます。
モンドメディカルの評判を確かめるなら公式Xでの発信もあわせて見ておくと、相談前のイメージが持ちやすくなります。

最終的には、複数の窓口で話を聞いて比べるのがいちばん確実です。
費用の内訳や担当者の説明の分かりやすさは、実際に話してみないと分かりません。

まとめ

体外受精を続けるか、卵子提供に進むか。
この問いに、誰にでも当てはまる正解はありません。
それでも、材料を並べると、自分たちが何に迷っているのかは見えてきます。

  • 年齢別の数字は、日本産科婦人科学会の最新データで自分の位置を確かめる
  • 保険の回数と年齢の区切り、卵子提供の費用と期間を書き出す
  • 気持ちの迷いは、決める前がいちばん大きいと知っておく
  • 卵子提供のルールを定める法律は、まだ整っていない
  • エージェントには、契約の前に情報集めとして相談できる

私たち夫婦は、問いを1つずつ話すうちに、少しずつ同じ方向を向けるようになりました。
どちらの道を選んでも、二人で納得して決めたことなら、その後の毎日を支えてくれます。
迷っている時間も、きちんと前に進んでいる時間だと思っています。